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5月, 2008の投稿を表示しています

いったいインフレなのかデフレなのか

最近物価が上昇したので、インフレが進んでいるとばかり思っていたのだが、GDPを推移をみるとここ10年デフレであることを示している。1998年4-6月期からこれまで、実質GDPが名目GDPを上回る状況が続いている。つまり、GDPデフレーター(成長率)はずっとマイナスで推移しており、デフレが続いていることを示しているのだ。 一方で、原油価格はうなぎのぼり、食品価格も上昇を始めた。あきらかにインフレが始まっている。 「どこかにインフレを示す値はないものか」と、探してみたところ、国内需要デフレーターと民間最終消費デフレーターが見当たった。2008年1-3月期の値が、それぞれ0.5と0.3(前年同期比)。上昇に転じているのだ( GDP速報 )。 正直、インフレを示す指標として適切なものが何かはわからないのだが、GDPデフレーターだけを見ていては判断を誤る危険がありそうだ。

サービスエリアの充実と遠のく高速道路無料化

最近、高速道路のサービスエリアやパーキングエリアに豪華な設備が増えており、中にはちょっとしたテーマパークみたいなものまであるらしい。利用者が快適に過ごせる施設は、一見良いような気もするが、「ちょっと待った」と言いたい。 豪華なサービスエリアやパーキングエリアには、高速料金という高い入場料金を支払っていることを忘れてはならない。 以下は、私が立てた仮説に過ぎないのだが、道路公団は、利用者の利便性を向上するふりをして、ちゃっかり集客量を増やそうと躍起になっているのだ。利用者を増やすために、サービスエリアを拡充する。利用者が増えて得られた収益はまたサービスの拡充に当てる。そうやっていくと、いつまでたっても高速道路は無料にはならない。 まだ仮説に過ぎないのだが、おそらく正しいと思っている。今後、道路公団の経営状態を調べてゆくことで証明してゆきたい。

インフレの時代は物々交換の時代

今は物価高、インフレの時代だ。原油は1バレル126ドルをたたき、まだまだとどまるところを知らない。そのほかの商品価格もうなぎのぼり。日本は過去10年間のデフレから一気にインフレ時代に突入した。 インフレとは、通貨の価値が下がり物資の価値が上がることだ。そうなると、商品や物資が購買力を高めることになる。誰も現金をほしがらなくなり、その結果物々交換が行われるようになるだろう。ただし、実際に物と物が交換されるわけではなく、間に現金が使われる。しかし、現金の形になる期間が短くなるということだ。 これまでは、インフレ時代は土地や証券に金が流れていたが、それが今は商品。このことは、商品のリスクが相対的に小さいと見られていることの証だろう。その理由は成長国の存在が背景にあり、石油や食料の需要が伸びることはあれ、落ち込むことが無いという期待が強いことをあらわしている。 このような物々交換の時代にあっては、通貨単位で価値を表すことに意味がなくなってくるのかもしれない。今日の100円が明日には99円という時代には、企業の価値評価などできたものじゃない。そうなったら、商品量単位で価値を表したほうが安定した評価ができるのではないだろうか。たとえば、1原油バレルなどという単位が使われる時代に突入しているのかもしれない。

注目ニュース

面白い記事を読んだのでメモ代わりに書いておきます。 Pursuing the Next Level of Artificial Intelligence 人工知能の進展についてのNew York Timesの記事です。確率統計の理論(特にベイズ推論)を用いて学習をモデル化するというもの(らしい)です。私も、大学院のころ似たような研究を行っていたので興味を持ちました。この理論を用いると、渋滞の予測ができたりするようです。 関連記事に、以下のようなものがありました。 A Start-Up Says It Can Predict Others’ Fate ベンチャー企業への投資判断を行うシステムの記事です。そのシステムを売り出そうとしているのも、またベンチャーなのが面白いですね。。膨大なデータに基づいてベンチャー企業の企業価値を定量的に算出するシステムだそうで、プロのベンチャーキャピタリストに勝るとも劣らない能力があるということだそうです。 もっとも、そういった試みは過去になんども行われており、すべて失敗に終わってきたそうで、ファンドマネージャーたちは懐疑的な見方をしています。 「その数学が戦略を決める」という本 がありますが、まさに、それをやろうとしているわけですね。とても興味深いです。

日本の世界的地位向上に何が必要か

ジャパン・パッシングやジャパン・ナッシングなどと言われたりしているが、確かにBRICs各国などの台頭を前に日本は埋もれてしまうという危機感がある。事実、2006年の日本の1人当たりGDPはOECD加盟国中18位に沈んでいる。 日本の世界的地位を高めるためには何が必要か。私は以下の三つと考えている。 ・人材 ・成長志向 ・規律 人材 資源のない日本において、富の源泉といえば人材しかない。それも、世界で通用する人材を育てなくてはならない。そのためには、教育を大幅に見直す必要がある。まず、議論ができるようにしなくてはならない。世界と対等に渡り合うためには、高いコミュニケーション能力が必要とされるからだ。 成長志向 優秀な人材を育てても、海外に流出してしまっては意味がない。そのためには、日本社会が有能な人間にとって魅力的なものでなければならない。魅力的な社会とはどういうものか。それは、成果を正等に評価する社会であろう。日本の成長へ貢献することに対するインセンティブを引き上げることが重要だ。年功序列の賃金体系、官僚の天下りはすべて廃止しなくてはならない。 規律 しかし、人間と言うものは怠惰な生き物である。成長志向の徹底だけでは十分ではない。負の方向へ向かう者に対する罰も必要である。それは、格差は現状レベルの維持にとどめることである。最低限のセーフティーネットは用意すべきであるが、必要以上の保護は成長上昇志向の妨げとなる。

京都議定書は守るべきか

ついに京都議定書( 環境省による概要説明 )の目標期間(2008年~2012年)がスタートしました。目標達成が遠い状況を前に、さすがに政府もあせりを見せ始めています。日本の目標は、温室効果ガス排出量を、目標期間平均で1997年比マイナス6%にすることですが、現在プラス8%です。目標達成はかなり厳しい状況にあります。 ところで、京都議定書を守る価値とはいかほどなのでしょうか。実は、守れなくてもたいしたこと無いのではないでしょうか。 仮に目標達成できなかったとしましょう。すると、まず日本政府の面目はまるつぶれです。ポスト京都議定書の枠組み作りは欧米を中心に進んでゆくことでしょう。一方で、日本企業は、その世界一の環境技術を生かし、世界の環境ビジネスを陰ながら支えていくことでしょう。BRICsなどでも環境対策の需要が高まることが予想されるので、業績にも好影響を与えます。結果として日本経済が活性化されると予想されます。 このように考えると、京都議定書を守れなかったときのデメリットとしては、政府が大きな顔をできなくなることくらいだと思うのです。それがいやなのは官僚と政治家たちくらいなのではないかと。それならば、環境のためといって単純に国民に負担を強いる政策には、賛成しかねます。官僚の得意技、サボタージュで対抗するのも手かもしれません。

再出発

長い間休眠状態でしたが、装いを新たにブログを再出発します。 どこかで実名ブログの重要性を目にし、共感するところがあったので、ハンドルも実名に変えました。 表題も「プロフェッショナルを目指して」に変更。一人前のビジネスパーソンを目指して気合を入れなおします。