京都一周トレイルを走った(伏見稲荷~比叡山)
昨日の天皇誕生日は、「京都一周トレイル」の東山コースを伏見稲荷から比叡山までたどってみた。出発時は曇りだったが、昼前からはよく晴れたので、いいトレイルラン日和だった。地図を持たずに出発したため、ところどころ、コースからはずれてしまったりしたが、6時間ほどで、なんとか走破できた。
今回走ったコースは3つのパートからなる。(1)稲荷神社から蹴上、(2)蹴上から北白川、(3)北白川から比叡山、の3つ。これに加えて、七条のアパートから稲荷神社までと、比叡山から修学院への下りも含まれる。距離にすると20kmくらいだと思うが(後に33kmほどあったことが判明!)、とにかくアップダウンが激しい。以下がそのルートだ。RunKeeperのページには、ルート上の標高も示されているので、地形がよく分かる。
コースの詳細は京都岳連のサイトを参照していただくこととして、ここでは簡単にランニング内容をまとめておこう。
伏見稲荷大社の千個も並ぶ鳥居は何度見ても圧巻である。9時前だったが、観光客がちらほら見受けられた。ここは山の中に参道が張り巡らされていて、用意に道に迷える場所なのだが、要所要所に「京都一周トレイル」の道標が立っているので安心だった。裏道を抜け、泉涌寺への下り坂を快調に飛ばした。
その泉涌寺で最初にコースを見失った。快調に坂道を下っていくと東大路通に出てしまった。しかたなく、それっぽいところに出られそうな醍醐道を山科方面へ上ってみることにした。
醍醐道を登り始めると、大きなリュックを背負い、坂道を駆け上っている男性に出くわした。登山のトレーニングなのだろうか。
しかし、峠まで登ってみても道標が見つからなかったので、やむなく引き返すことにした。坂道を下っていくと、来た道の途中に道標を発見した。すこし走ると登山口があって、そこから急に本格的なトレイルになった。
山道を上り始めてすぐ、横道から、野球ユニフォーム姿の高校生くらいの男の子が駆け上ってきた(みんな朝から頑張っている!)。彼は、私に挨拶をして、私を先導するように上り坂を駆け上っていった。しばらくは、彼について走った。豊国廟(豊臣秀吉の墓)への分岐で、彼は豊国廟へ、私は清水山(清水寺の裏山)へ向かった。
少し下るとすぐに、国道1号に出くわした。夏に大津まで走ったときには、この四車線道路を横断するという無謀なことをやったのだが、今回は、ちゃんと国道下の歩行者用トンネルをくぐって反対側に出た。すこし急坂を登ると清水山への登山口だ。この時点で10:30くらい。再び本格的トレイルの始まりだ。清水山までは単調な登り、そこから先は将軍塚までは平坦、その後は蹴上まで一気に下った。
まず、インクライン沿いに上り、日向大神宮への急坂を登る。そして、東の大文字焼きで有名な、大文字山への山道へと入っていく。ここからはきつい上り坂が続いた。さすがに走り続けるのは無理なので、早歩きで歩を進めた。この山は、ハイカーでにぎやかだった。やっとの思いで山頂にたどりつくと、京都市街が一望できた。そして、ここまで走ってきた道も眼下にある。周りがお昼にしていたので、私もカロリーメイトのみの昼食をとった。時計は12:00を指していた。
大文字山山頂からは、ひたすら下りだ。飛ばしに飛ばした。どんどん下ると、銀閣寺に出た。時間は12:10くらい。ここで、先に行こうか少し迷った。時間は十分あるが、下りで脚がやられているのは明らかだった。平坦な道でもジョグがつらいくらい。だが、結局、「ダメだったら引き返せばいい」ということで、続行することにした。
ここでも少々道に迷ったが、無事、比叡山への登山口へ到着した。
まずは瓜生山を目指した。ここからはもう走って登る元気はない、というより、脚がそれを拒否していた。歩いて登っていても辛い状況になってきていた。
瓜生山山頂を過ぎると多少平坦な道や下りも出てくるのだが、走れるのは下り坂くらい。気持ちのよい尾根道が続くのだが、楽しむ余裕はまったく無かった。登山客もほとんどいないので、ひたすら孤独な苦行が続いた。そして、それに追い討ちをかけるように、沢への下りが始まった。ピークを前にしての下り坂ほど精神的ダメージを与えるものは無い。次第に脚も限界に達してきたようで、歩いていても休み休みでないと登れなくなってきた。
「よし、下りはケーブルカーを使おう」と考えながら、最後の力をふりしぼった。そして、なんとかケーブルカーの山頂駅にたどり着いた。しかし、様子が変だ。駅舎が暗い。「そんなバカな」と思ったが、馬鹿は自分でった。ケーブルカーは営業していなかった。冬季は休業なのだ。そんなことも知らずに比叡山に登ってくるなんてめでたい奴である。
時計を見ると14:00を指している。そこから山頂(正確にはロープウェー山頂駅)まで40分とある。下山の案内を見ると、修学院まで「5km 2時間」とある。冬至の翌日だから日が短い。16時までには下山しておきたい。体の疲労具合を考えて所要時間を計算して、間に合うと判断したので、山頂へ向かうことにした。
比叡山の山頂はまったく趣がない。道路が走っているし、ガーデンミュージアムなどというものや、しょぼいスキー場まである。山腹よりも山らしくない。本当に興ざめだ。延暦寺だけがあればいいのに。そして、それらの施設も、もちろん、冬季休業である。そんな誰もいない閑散とした山頂を後にして下山することにした。
下り坂を駆けながらふと思った。「ロボットにこんな走りができる日はこないだろうなぁ」と。足を踏み出す先の地面の形状は目で見ただけでは分からない。落ち葉の下に石や木の枝が隠れていることもある。にもかかわらず足を着地させる。その着地の感触で瞬時に身体の動きを修正し、もう一方の足を繰り出す。こんな当たり前のことを、ロボットはできない。そもそも、ロボットにそんなことさせるのはナンセンスだと思う。ロボットにはロボットが得意なことをさせるべきなのだ。
そんなことを考えながら走っていると、あっという間に街に出た。さらに下っていくと、修学院の駅に到着した。時計を見ると14:50前。コースタイム2時間のところ30分足らずで駆け抜けたことになる。
さすがに修学院からうちまで走って帰る気にはならなかったので、電車で岐路についた。
家に着いたのが16:00ころ。しかし、こんなハードなランニングは、久しぶりだった。フルマラソンよりも疲れた。文字通り、山と戯れた一日であった。
今回走ったコースは3つのパートからなる。(1)稲荷神社から蹴上、(2)蹴上から北白川、(3)北白川から比叡山、の3つ。これに加えて、七条のアパートから稲荷神社までと、比叡山から修学院への下りも含まれる。距離にすると20kmくらいだと思うが(後に33kmほどあったことが判明!)、とにかくアップダウンが激しい。以下がそのルートだ。RunKeeperのページには、ルート上の標高も示されているので、地形がよく分かる。
コースの詳細は京都岳連のサイトを参照していただくこととして、ここでは簡単にランニング内容をまとめておこう。
準備
昨晩就寝が遅かったため、目覚めたのは7時半。あわてて腹ごしらえして準備をして出発したのが8:20くらい。服装は、半そでTシャツ+ロングタイツのうえからジャージの上と薄手のウインドブレーカーを羽織り、ニットの帽子とネックウォーマー、それに軍手をはめた。シューズは、マラソンにも使用した、『アディゼロJapan』を着用。これに加えて、山の最低限の装備として、ランニング用の小さいリュックの中に、厚めのウインドブレーカー上下、テーピングテープ、ヘッドランプ、iPhone、財布を入れて携帯した。自宅~稲荷神社
出発して七条烏丸交差点を京都駅方面に曲がり、まずは、伏見稲荷を目指した。その伏見稲荷までは3kmほど。ゆっくり目に走って15分ほどで到着した。まずはコンビニで携帯食とスポーツドリンクを購入した。そして伏見稲荷大社へ向かった。稲荷神社~蹴上
伏見稲荷大社の千個も並ぶ鳥居は何度見ても圧巻である。9時前だったが、観光客がちらほら見受けられた。ここは山の中に参道が張り巡らされていて、用意に道に迷える場所なのだが、要所要所に「京都一周トレイル」の道標が立っているので安心だった。裏道を抜け、泉涌寺への下り坂を快調に飛ばした。
その泉涌寺で最初にコースを見失った。快調に坂道を下っていくと東大路通に出てしまった。しかたなく、それっぽいところに出られそうな醍醐道を山科方面へ上ってみることにした。
醍醐道を登り始めると、大きなリュックを背負い、坂道を駆け上っている男性に出くわした。登山のトレーニングなのだろうか。
しかし、峠まで登ってみても道標が見つからなかったので、やむなく引き返すことにした。坂道を下っていくと、来た道の途中に道標を発見した。すこし走ると登山口があって、そこから急に本格的なトレイルになった。
山道を上り始めてすぐ、横道から、野球ユニフォーム姿の高校生くらいの男の子が駆け上ってきた(みんな朝から頑張っている!)。彼は、私に挨拶をして、私を先導するように上り坂を駆け上っていった。しばらくは、彼について走った。豊国廟(豊臣秀吉の墓)への分岐で、彼は豊国廟へ、私は清水山(清水寺の裏山)へ向かった。
少し下るとすぐに、国道1号に出くわした。夏に大津まで走ったときには、この四車線道路を横断するという無謀なことをやったのだが、今回は、ちゃんと国道下の歩行者用トンネルをくぐって反対側に出た。すこし急坂を登ると清水山への登山口だ。この時点で10:30くらい。再び本格的トレイルの始まりだ。清水山までは単調な登り、そこから先は将軍塚までは平坦、その後は蹴上まで一気に下った。
蹴上~北白川
蹴上のトンネル「ねじりマンポ」をくぐったところで11:00になっていた。少々空腹を感じたので、豆大福をほうばった。まず、インクライン沿いに上り、日向大神宮への急坂を登る。そして、東の大文字焼きで有名な、大文字山への山道へと入っていく。ここからはきつい上り坂が続いた。さすがに走り続けるのは無理なので、早歩きで歩を進めた。この山は、ハイカーでにぎやかだった。やっとの思いで山頂にたどりつくと、京都市街が一望できた。そして、ここまで走ってきた道も眼下にある。周りがお昼にしていたので、私もカロリーメイトのみの昼食をとった。時計は12:00を指していた。
大文字山山頂からは、ひたすら下りだ。飛ばしに飛ばした。どんどん下ると、銀閣寺に出た。時間は12:10くらい。ここで、先に行こうか少し迷った。時間は十分あるが、下りで脚がやられているのは明らかだった。平坦な道でもジョグがつらいくらい。だが、結局、「ダメだったら引き返せばいい」ということで、続行することにした。
ここでも少々道に迷ったが、無事、比叡山への登山口へ到着した。
北白川~比叡山
ここから地獄が待っているのは分かりきったことだった。なんといっても、大文字山の標高は466m、比叡山の標高は848mなのだ。それでも「止むに止まれぬ大和魂」というところなのだろうか。登り始めてしまったのだから登るしかない。まずは瓜生山を目指した。ここからはもう走って登る元気はない、というより、脚がそれを拒否していた。歩いて登っていても辛い状況になってきていた。
瓜生山山頂を過ぎると多少平坦な道や下りも出てくるのだが、走れるのは下り坂くらい。気持ちのよい尾根道が続くのだが、楽しむ余裕はまったく無かった。登山客もほとんどいないので、ひたすら孤独な苦行が続いた。そして、それに追い討ちをかけるように、沢への下りが始まった。ピークを前にしての下り坂ほど精神的ダメージを与えるものは無い。次第に脚も限界に達してきたようで、歩いていても休み休みでないと登れなくなってきた。
「よし、下りはケーブルカーを使おう」と考えながら、最後の力をふりしぼった。そして、なんとかケーブルカーの山頂駅にたどり着いた。しかし、様子が変だ。駅舎が暗い。「そんなバカな」と思ったが、馬鹿は自分でった。ケーブルカーは営業していなかった。冬季は休業なのだ。そんなことも知らずに比叡山に登ってくるなんてめでたい奴である。
時計を見ると14:00を指している。そこから山頂(正確にはロープウェー山頂駅)まで40分とある。下山の案内を見ると、修学院まで「5km 2時間」とある。冬至の翌日だから日が短い。16時までには下山しておきたい。体の疲労具合を考えて所要時間を計算して、間に合うと判断したので、山頂へ向かうことにした。
比叡山の山頂はまったく趣がない。道路が走っているし、ガーデンミュージアムなどというものや、しょぼいスキー場まである。山腹よりも山らしくない。本当に興ざめだ。延暦寺だけがあればいいのに。そして、それらの施設も、もちろん、冬季休業である。そんな誰もいない閑散とした山頂を後にして下山することにした。
比叡山~修学院
下山開始時刻は14:20。途中までは来た道を引き返す。沢を渡る手前で修学院方面へ分岐する。時期的に落ち葉が重なっていてトレイルの形状がつかみにくいのだが、転倒することもなく、ぐんぐん高度を下げた。下り坂を駆けながらふと思った。「ロボットにこんな走りができる日はこないだろうなぁ」と。足を踏み出す先の地面の形状は目で見ただけでは分からない。落ち葉の下に石や木の枝が隠れていることもある。にもかかわらず足を着地させる。その着地の感触で瞬時に身体の動きを修正し、もう一方の足を繰り出す。こんな当たり前のことを、ロボットはできない。そもそも、ロボットにそんなことさせるのはナンセンスだと思う。ロボットにはロボットが得意なことをさせるべきなのだ。
そんなことを考えながら走っていると、あっという間に街に出た。さらに下っていくと、修学院の駅に到着した。時計を見ると14:50前。コースタイム2時間のところ30分足らずで駆け抜けたことになる。
さすがに修学院からうちまで走って帰る気にはならなかったので、電車で岐路についた。
家に着いたのが16:00ころ。しかし、こんなハードなランニングは、久しぶりだった。フルマラソンよりも疲れた。文字通り、山と戯れた一日であった。
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